大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)5145号 判決

原告(反訴被告) 志村まつ 原告 奥田敏

被告(反訴原告) 国際自動車株式会社

主文

1  被告は、原告志村まつに対し金一、八五四、〇二〇円おようち金一、六七四、〇二〇円に対する昭和三九年一月一日以降、原告奥田敏に対し金二二〇、〇〇〇円およびうち金二〇〇、〇〇〇円に対する右同日以降各支払ずみにいたるまで夫々年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  反訴原告の反訴請求を棄却する。

4  本訴の訴訟費用はこれを七分し、その四を原告志村まつの、その一を原告奥田敏の、その余を被告の各負担とし、反訴の訴訟費用は反訴原告の負担とする。

5  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告両名(原告志村まつは反訴被告を兼ねる)訴訟代理人は本訴につき、「1 被告は、原告志村まつに対し金六、六四八、三一二円およびうち金五、九四六、四六八円に対する昭和三九年一月一日以降原告奥田敏に対し金一、一一八、一五六円およびうち金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する右同日以降各支払ずみにいたるまで夫々年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、反訴につき、「反訴請求を棄却する。」との判決を求め、被告(反訴原告)訴訟代理人は、本訴につき「1 原告らの請求をいずれも棄却する。2 訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、反訴につき、「1 反訴被告志村まつは反訴原告に対し金一、一九二、四一五円およびこれに対する昭和三八年九月二三日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。2 反訴費用は反訴被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

原告両名訴訟代理人は本訴請求の原因として次のとおり述べた。

一、昭和三八年四月二六日午前零時五分頃、東京都品川区五反田三丁目三三番地先路上において、訴外近藤義郎の運転するタクシー業務用普通乗用自動車(練五あ二四-一三号、以下被告車という)が訴外志村聡雄に接触し、そのため同人は右側頭骨線状骨折を否む外硬膜外血腫の傷害を負い、これにより同年八月二一日死亡した。

二、訴外近藤義郎は被告の被用運転手で、被告所有の被告車を運転してそのタクシー営業に従事中第一項記載の事故を惹起したものである。従つて、被告は自動車損害賠償保障法第三条本文により本件事故によつて生じた次項の損害を賠償する義務がある。

三、本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。

(一)  訴外聡雄の治療費

訴外聡雄は受傷直後桜井病院において診療を受けその費用として金七、〇五〇円を支払い、引続き同日以降死亡にいたるまで関東労災病院において治療を受けその費用合計金一、二八〇、一九六円の債務を負つたほか、その間の付添看護費用として金八六、八八四円を支払い、結局治療費として合計金一、三七四、一三〇円を要することとなり、右同額の損害を被つた。

(二)  同人の得べかりし利益の喪失により損害

訴外聡雄は昭和五年一二月二〇日生れ死亡当時満三二歳余の男子であつて、昭和二四年明治学院旧制中学校を卒業し、約三年間本籍地の山梨県において小学校教師を勤め、その後主として商品の外交販売員の仕事に従事していたが、昭和三八年二月からは東京都大田区内の喫煙具卸売商株式会社銀座一鶴に雇われ、ガスライターの外交販売員として働らき、同年四月一七日同社を退職し、独立してガスライターの外交販売を営む準備をはじめ、同年八月頃から営業を開始する予定でいたもので、同訴外人の余命はなお三七年ある筈であつたから、昭和三八年九月一日から昭和六六年一一月三〇日まで三三九月間ガスライターの外交販売を営み毎月金二五、八五〇円(右金額は訴外聡雄が前記会社に勤務して得ていた月平均給与額に相当する)を下らない収入を得る筈であつた。一方訴外聡雄の生活費は毎月金一二、六五一円(右金額は総理府統計局の家計調査報告による昭和三八年度の東京都勤労世帯一ケ月平均消費支出額金五二、三七二円を世帯人員数四、一四人で除して得た額1円未満切上1)以内の筈であるから、結局前記三三九月間にわたつて毎月金一三、一九九円の純利益を失つたことになるから、昭和三八年八月三一日現在の一時払額を求めるため月毎に民法所定年五分の割合による中間利息を控除してこれを合算すれば、金二、七八四、九八九円となることが計算上明らかである。右金額より死亡の月である昭和三八年八月一月分の生活費金一二、六五一円を差し引いた金二、七七二、三三八円が亡聡雄の得べかりし利益の喪失による損害額である。かりに聡雄が独立してガスライターの外交販売を営み得なかつたとしても、右主張の期間東京都内の事業所に雇われ右主張の金額の賃金を取得し得たものといい得るから、本件事故により上記と同額の逸失利益の損害を被つたものというべきである。

(三)  同人の慰藉料

訴外聡雄は事故後東京都品川区内の桜井医院に運びこまれて治療を受けたが、重症のためその日の午後川崎市内の関東労災病院に移され頭部の切開手術を受けるなどして治療を受け入院一一八日の間、重症の頭部外傷患者として苦しみ続け後半にはてんかん発作が激しくなり傍で見ておれないほどの苦痛を訴え、遂に死亡するにいたつたものであつて、この肉体的精神的苦痛に対する慰藉料額は金一、五〇〇、〇〇〇円を下らない。

(四)  原告志村まつの慰藉料

原告志村まつは訴外聡雄の母である。同原告は明治一九年三月一六日生れで本件事故当時七七歳であつた。訴外聡雄は二男三女の末子にあたり、原告まつは同人にことのほか慈愛を傾けていたものであつて、夫にも先立たれていたこととて同訴外人の受傷および死亡による精神的苦痛に対する慰藉料額は金八〇〇、〇〇〇円を下らない。

(五)  原告奥田敏の慰藉料

原告奥田敏は訴外聡雄の内縁の妻である。同原告は昭和一二年二月一日生れで本件事故当時二六歳であつた。同原告は郷里青森県において中学校を卒業後二年間洋裁学校に通いその後三年間洋裁店に勤めた後上京し、町工場の工員として働いているうち訴外聡雄と知り合い半年位交際した後昭和三六年七月一九日結婚したが戸籍上の届出は未了であつた。同原告には跛行が目立つような足の障害もあることとて、訴外聡雄に先立たれたことによる精神的苦痛に対する慰藉料額は金一、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

(六)  原告志村の相続と原告らの弁護士費用

原告志村は訴外聡雄の母として本項(一)(二)(三)の損害賠償債権を相続によつて取得したが、自動車損害賠償保障法による責任保険金五〇〇、〇〇〇円を受領したのでこれを(二)の得べかりし利益の喪失による損害に充当した残額に同原告自身の慰藉料額を合算すると金五、九四六、四六八円となる。ところで原告両名は昭和三八年一一月六日被告に誠意がないので、東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に対し、原告志村は右金五、九四六、四六八円の、原告奥田は(五)の金一、〇〇〇、〇〇〇円の各損害賠償債権につき被告を相手方として訴を提起することを委任し、東京弁護士会弁護士報酬規定の最低基準による報酬を支払うことを約束した。右約束によつて、原告志村は委任の日に金三五〇、九二二円の手数料を、第一審判決言渡の日に同額の謝金を、原告奥田は委任の日に金五九、〇七八円の手数料を第一審判決言渡の日に同額の謝金をそれぞれ同弁護士に支払うべき債務を負担した。

四、よつて原告志村は前項(一)ないし(四)および(六)記載の損害賠償債権合計金六、六四八、三一二円と右のうち弁護士費用を除く金五、九四六、四六八円に対する損害発生の日の後である昭和三九年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告奥田は前項(五)(六)記載の損害賠償債権合計金一、一一八、一五六円と右のうち(六)の弁護士費用を除く金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する損害発生の日の後である昭和三九年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は本訴請求の原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、第一項の事実は認める。

二、第二項の事実は認めるが後に抗弁として主張するとおりであつて被告に損害賠償義務はない。

三、第三項の事実については、

(一)の事実のうち、原告ら主張の病院で治療を受けたことは認めるがその余の事実は不知。

(二)の事実のうち、訴外聡雄の生年月日を認め、その余の事実は不知。

(三)の事実のうち、訴外聡雄が原告主張の病院で治療を受け死亡したことを認め、その余の事実は不知。慰藉料額を争う。

(四)の事実のうち、原告志村の生年月日および訴外聡雄との親子関係を認めその余の事実は不知。慰藉料額を争う。

(五)の事実は不知。慰藉料額を争う。

(六)の事実のうち原告志村が訴外聡雄の母であることは認めるがその主張にかかる損害賠償債権相続したことは不知、原告が責任保険金を受領しこれをその主張のように充当したこと、原告らが坂根弁護士に本件訴訟を委任したことおよび東京弁護士会報酬規定の存在はいずれも認めるが、その余の事実は争う。

(抗弁)

一、(一) 被告および訴外近藤義郎は被告車の運行に関し注意を怠らなかつたものであり本件事故は訴外聡雄の一方的過失によるものである。

本件事故現場は大崎橋より国電五反田駅前交差点にいたる第二京浜国道上であつて該道路は幅員一四、五米、平坦、直線のアスフアルト舗装で、車道中央には中央線が画されており、五反田駅前交差点には交通信号機が設置されて事故当時作動中であつた。事故地点は大崎橋より駅前交差点に向つて左側車道の中央線寄りで駅前交通信号機より約八六米のところで、右地点一帯は歩行者横断禁止区域である。

訴外近藤は被告車に乗客を乗せ渋谷より大崎広小路、大崎橋を経て五反田駅に向つて車道左側の第一通行区分帯を進行していたが、被告車が大崎橋上に来たとき前方五反田駅前交差点の信号は赤で先行車輌が同交差点から手前約六五米附近まで多数混雑して停つていた。よつて訴外近藤は先行最後尾自動車の後に追従して停車すべく、大崎橋上からアクセルペダルより足を離しブレーキペダルを踏み、時速約一五粁に減速して進行するうち、被告車が先行停止車に追従しないうちに前記信号が青になり、先行諸車は徐々に発進をはじめた。このようにして被告車が大崎橋およびこれに続く小交差点(第二国道と幅員約七米のアスフアルト舗装平坦道が直交している)を過ぎた直後、訴外近藤は中央線の右側から対向してくる多数の自動車の間隙を縫うようにして駈足で自動車の蔭から飛び出し、被告車の進路上を横断しようとしている訴外聡雄を約三米斜右前方に発見し、衝突を避けるため急ブレーキをかけ、ブレーキ痕約一米にして停車したが、左側には並進車がいたため左にハンドルを切つて避譲することはできなかつた。訴外聡雄は右急停車の直前に被告車の右側運転席扉前部に肘を接触させて側方路上に転倒した。その転倒位置は停車した被告車の右側後部扉外側約四〇糎のところであつた。しかも当時聡誰は酒臭甚しく著るしく酩酊していた。以上のとおり訴外聡雄は横断禁止場所において、多数走行する車輌の直前直後を著しく酩酊して縫うように走り突然に被告車の進路上に飛び出した過失により自ら被告車に接触したものである。前記のように本件事故発生地点は横断禁止場所であり、当時の自動車の走行状況からみて歩行者が横断することは予想できない状況であり、しかも左側には並進車がいたのであるから突然被告車の進路直前に前記のように飛び出して来た聡雄との接触を避けるためには急停車する以外方法がないものというべく、従つて事こゝに出た訴外近藤には何らの過失もない。

(二) 被告車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

二、仮に右抗弁が認められないとしても、一、(一)で主張した訴外聡雄の過失は損害額の算定につき斟酌されるべきである。

原告両名訴訟代理人は抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

被告主張の抗弁事実のうち、被告が被告車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被告車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたことは認めるがその余の事実は争う。被告車は被告の主張と逆の方向すなわち五反田駅前交差点から大崎橋に向つて車道左側を中央線すれすれに時速約五〇粁で進行してきたものであり、訴外近藤は接触地点から約五〇米手前で訴外聡雄が中央線上に立ちどまつているのを発見したのであるから、同人との接触を避けるため、徐行ないしは停車するなり、ハンドルを左に切るなりして事故を避ける義務があるのにこれを怠り漫然そのままの速度で進行し、被告車の右前部で訴外聡雄をはねられたものであるから、本件事故は訴外近藤の過失によるものである。本件事故現場附近が歩行者横断禁止区域であつても、事故発生時刻のような深夜においては右禁止は解かれていると解すべきであり、そのうえ事故現場は深夜ともなると横断歩行者が多数往来するところであるから、自動車運転者はその状況に即して慎重に進行すべきであるから同所を横断歩行中の訴外聡雄には本件事故発生につき何ら咎むべき過失はない。

反訴原告(本訴被告)訴訟代理人は反訴請求の原因として次のとおり述べた。

一、訴外志村聡雄は本件訴訟を提起するとともに当庁昭和三八年(ヨ)第三、八九一号地位保全仮処分申請をなし、右仮処分事件において「反訴原告は訴外志村聡雄に対し金四七一、五一五円ならびに昭和三八年六月一一日から同年九月一〇日までの間毎月一〇日、二〇日および月の末日ごとに金八〇、一〇〇円宛を仮に支払え。」との判決言渡があつた。

二、訴外聡雄は右判決言渡前たる昭和三八年八月二一日死亡したので、反訴被告はその承継人として承継執行文の付与を受け、反訴原告に対し右判決の執行をなし、反訴原告から同年九月一八日金一、〇三二、二一五円、同月二三日に金一六〇、二〇〇円、合計金一、一九二、四一五円を取立てた。

三、しかしながら反訴原告には本訴において主張したとおり、本件交通事故による損害賠償義務はないのであるから、反訴被告が取得した右金一、一九二、四一五円は反訴原告の損失のもとに反訴被告が悪意をもつて法律上の原因なくして取得したものである。

四、よつて反訴原告は反訴被告に対し右金一、一九二、四一五円およびこれに対する右最終執行日である昭和三八年九月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

反訴被告訴訟代理人は答弁として次のとおり述べた。

一、反訴請求原因第一、第二項の事実は認める。

二、同第三項の事実は否認する。反訴被告が本訴において主張したとおり、反訴原告には本件事故による損害賠償義務があるから、反訴原告の主張する仮処分判決に基く取立金の返還請求は失当である。

〈立証省略〉

理由

第一、本訴に対する判断

一、請求の原因第一項記載の事実(本件事故の発生と訴外聡雄の死亡)は当事者間に争いがない。

二、同第二項記載の事実(被告が被告車の運行供用者であること)も当事者間に争いがないから、被告は自動車損害賠償保障法第三条但書の免責事由を主張立証しない限り本件事故による損害賠償義務を免れ得ない。よつて被告の免責事由に関する抗弁について審究する。

(一)  被告主張の抗弁事実のうち、被告が被告車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被告車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたことはいずれも当事者間に争いがないから、訴外近藤および訴外聡雄の過失の有無について判断する。

(二)  いずれも成立に争いのない甲第四号証の一六、一七、二一、同第一〇号証、乙第二〇号証、証人近藤義郎の証言によつて成立を認められる乙第二号証と証人橘川正、同野村益彦、同山口嘉之、同近藤義郎の各証言を総合すれば次の1ないし4の事実が認められ、この認定に反する甲第四号証の八、九および証人後藤長門の証言は前掲各証拠に照らして措信できないし他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

1、本件事故現場は国電五反田駅前交差点から大崎橋、大崎広小路を経て横浜方面へ通ずる通称第二京浜国道の五反田駅前カードから横浜寄り約一〇〇米の地点で右道路は全幅員二一、二八米、中央の車道はアスフアルト舗装で幅員は一四、五米、その両側は平板舗装の歩道となつており、歩道の両側は商店が櫛比しているが夜間は街路燈の設備がないので薄暗いが附近は直線で視界を妨げる障害物はない。事故現場附近は歩行者の横断禁止区域になつていて、横断歩道は事故現場から五反田駅寄り約七〇米および大崎広小路寄り約一〇〇米のところにある。

2、訴外近藤は被告車に客を乗せ、渋谷から中目黒、大崎広小路を経て五反田駅に向つて運転中、大崎橋上にさしかかつた際、前方の五反田駅カード先に設置された信号機に続いて先行車輌が多数つらなつて信号待ちしているのを見て先行車の最後尾に停車すべく減速して時速約一五粁で中央線から約八〇糎左側を進行するうち、被告車の右前方四米ないし五米附近の中央線から約一米右側に訴外聡雄が立つているのを発見したものの、同訴外人はそのまま立ち止つているものと考え、それ以上同訴外人の動静に注意することなく、そのまま進行を続けたところ、突如同訴外人が被告車の進路上に出てきたので、同訴外人との衝突を避けるため、急遽急制動をかけたが間に合わず、被告車の運転席横の右側扉の右上部附近と訴外聡雄が接触し、訴外聡雄は路上に転倒した。

3、当時対向車輌はまばらで、また被告車の左側には他車が併進していたため左への転把は不能であつたこと。

4、訴外聡雄は当夜酒臭甚だしく相当酩酊していたこと。

右に認定した道路および交通状況のもとに自動車を運転する者はたとえ横断禁止区域であつても車の列の間隙を縫つて横断する歩行者が間々あることに思いを致し絶えず進路前方を注視し歩行者の発見に逸早く努めその存在に気づいたときは終始同人の動静に留意し、あるいは警音器を鳴らして自車の進行を認識させ、またはいつでも停車できるよう徐行するなどして事故の発生を未然に防止するため万全の措置を講ずべき注意義務があるというべきである。

しかるに右認定によれば訴外近藤は事故地点の手前四米ないし五米にしてはじめて訴外聡雄を発見したうえ、同訴外人が立ち止つているのを見てそのまま被告車をやりすごしてくれるものと軽信し、それ以上同人の動静を確かめることなく漫然と進行し遂に自車を右聡雄に接触させたというのであるから、本件事故は前記注意義務を怠つた訴外近藤の過失により発生したものといわざるを得ない。もちろん、訴外聡雄にも事故現場附近が歩行者横断禁止区域であるにもかかわらず飲酒酩酊の上道路の横断を敢てし縦列車輌間の間隙を縫つて被告車の直前横断を犯そうとした点に重大な過失があり、右のような聡雄の過失が本件事故の一因となつていることは否み得ないにしても、訴外近藤に前記認定の過失がある以上、被告は原告らに対し本件事故による後記の各損害を賠償すべき義務があるというべきである。

三、そこで本件事故によつて生じた損害について判断する。

(一)  訴外聡雄の治療費

成立に争いのない甲第一七号証、いずれも証人志村末子の証言によつて成立を認められる甲第六号証の一ないし三、同第七号証の一ないし一一、(第七号証の一〇中総計額九、四八四円の記載は九、三七四円の誤記と認める)と証人志村末子の証言によれば、訴外聡雄は本件事故後死亡にいたるまで桜井医院および関東労災病院において治療を受け、

金七、〇五〇円(桜井医院治療費)

金一、二八〇、一九六円(関東労災病院治療費)

金八六、七七四円(右病院入院中の付添看護婦)

の合計金一、三七四、〇二〇円の債務を負担し、同額の損害を被つたことが認められる。

(二)  同人の得べかりし利益の喪失による損害

証人中田一夫の証言によつて成立を認められる甲第一四号証と同証人の証言、原告奥田敏本人尋問の結果を総合すれば、訴外聡雄は昭和五年一二月二〇日生れ、死亡当時満三二歳余の男子で(この点当事者側間に争いがない)、昭和三八年二月から株式会社銀座一鶴に雇われ、ガスライター外交販売員として月平均二五、八五〇円の給与を得ていたが同年四月中旬独立してガスライターの外交販売を営むため右会社を退職したことおよびその準備として中古乗用車を買い入れたが本件事故にいたるまで遂に右営業を開始するに至らなかつたことが認められる。

そうすると、同人が独立してガスライターの外交販売を営むことによつて上げ得べき収益の具体的数値は不明というほかないから、聡雄が本件事故に遭わなければ右営業をなして行くものとして、これによつて上げ得べき収益を基礎として同人の得べかりし利益の喪失による損害を算出することは不可能というほかない。しかし同人は本件事故がなければ何らかの職業に就き少くとも前記一鶴に勤務していた当時程度の収益を毎月上げ得たものと推認するのが相当であり、また原告奥田敏本人尋問の結果によれば事故当時の訴外聡雄の生活費は月額二〇、〇〇〇円を上廻らないものと認められるから、結局同人の一ケ月の純益額は五、八五〇円を下らないものと認めるのが相当である。一方聡雄の死亡年令時における平均余命が厚生省統計調査部刊行の第一〇回生命表上三七、九三年とされていることは当裁判所に顕著であり、この事実に近時の労働事情を併せ考えれば、亡聡雄は右余命期間内において満六〇歳に達する頃まで稼働可能であると認めるのが相当である。してみれば同人は本件事故に遭遇しなければ少なくとも原告の主張する昭和三八年九月一日以降三二七月(同人が生存していればその最終月は満五九歳一一月に当る)の間にわたつて毎月前記五、八五〇円の純益を上げ得たものと推認して妨げないというべきである。よつて右期間にわたり前記金額につき月毎に民法所定年五分の割合で中間利息を控除しこれを合算して昭和三八年八月三一日現在における一時払額を求めると(単利年金現価表により算出)金一、二〇五、三六二円(円未満切捨)となることが計数上明らかであるから、結局亡聡雄は本件事故により右金額の得べかりし利益の喪失による損害を被つたものというべきである。

(過失相殺)

本件事故によつて訴外聡雄に生じた財産的損害は右(一)、(二)の合計金二、五七九、三八二円であるが、第二項(二)において認定したような同人の過失も本件事故発生の重要な原因となつているから、これを斟酌すれば、被告に賠償の責を負わせる額は治療費合計金一、三七四、〇二〇円と得べかりし利益の喪失による損害金五〇〇、〇〇〇円の合計額金一、八七四、〇二〇円をもつて相当とする。

(三)  同人の慰藉料

成立に争いのない甲第四号証の六と証人志村末子の証言によれば訴外聡雄は本件事故後死亡にいたるまで約四ケ月にわたつて入院治療を受けたが、其の間終始ベツトに寝たまゝで後半期には頻りにてんかん発作が起り多大の肉体的精神的苦痛を被つたことが認められ、右事実と本件事故の態様、同人の過失その他諸般の事情を斟酌すれば同人に対する慰藉料は金二〇〇、〇〇〇円と定めるのが相当である。

(四)  原告志村の慰藉料

原告志村は訴外聡雄の母であつて、本件事故当時七七歳(この点は当事者間に争いがない)、証人志村末子の証言によれば、同原告は都留市の次女夫婦方に居住しているが既に夫に先立れ、健康もすぐれないでおり、末子である訴外聡雄の受傷、死亡によつて悲嘆にくれていることが認められ、右事実に本件事故の態様、聡雄の過失その他諸般の事情を斟酌すれば同人に対する慰藉料は金一〇〇、〇〇〇円と定めるのが相当である。

(五)  原告奥田敏の慰藉料

証人志村末子の証言および原告奥田敏の本人尋問の結果によれば、同原告は本件事故当時二六歳で、青森市内の中学校を卒業後洋裁学校、洋裁店勤務を経て上京し、一時町工場に工員として勤務したが、やがてバーやキヤバレーのホステスとして働くようになり、訴外聡雄とは半年位の交際の後、双方の親族の諒解のもとに昭和三六年七月一九日内縁関係に入つたが訴外聡雄の収入のみでは生活が苦しいので依然ホステスを続けているが聡雄が独立の暁は家事に専念する予定であつたこと、訴外聡雄との仲は良く子供が生れたら婚姻届を出すことになつていたこと、訴外聡雄の死亡後は同原告は父母と同居していることなどの事実が認められる。そしてかかる事実を有する内縁の妻には夫の生命侵害による慰藉料請求権を認めるのが相当であるから、右事実と本件事故の態様、聡雄の過失その他諸般の事情を併せて斟酌し、同原告の被つた精神的苦痛を償うべき慰藉料は金二〇〇、〇〇〇円が相当であると認める。

(六)  原告志村の相続と原告らの弁護士費用

成立に争いのない甲第八号証と証人志村末子の証言によれば訴外聡雄には法律上の配偶者、直系卑属はなく、直系尊属は原告志村のみであることが認められるから、原告志村は訴外聡雄の死亡によつて前記(一)ないし(三)認定の損害賠償債権合計金二、〇七四、〇二〇円を相続によつて取得したものというべきであるが、同原告は自動車損害賠償保障法による責任保険金五〇万円を受領し、右金員を(二)の得べかりし利益の喪失による損害賠償債権に充当したことは当事者間に争がないからこれにより右損害賠償債権は全額消滅したこととなり、結局同原告の取得した損害賠償債権は前記(一)(三)(四)の合計金一、六七四、〇二〇円となる。

さらに証人志村末子の証言、原告奥田敏の本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すると、原告両名は東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に対し本件訴訟を委任し少なくとも東京弁護士会弁護士報酬規定の最低基準のとおり報酬を支払うことを約束したことが認められ、本件事故のような不法行為による損害賠償請求訴訟をなす場合に要した弁護士費用のうち権利の伸張防禦に必要な相当額は当該不法行為にようて生じた損害と解するのが相当であるが、その額は事案の難易、認容すべきとされた損害額その他諸般の事情を斟酌して決定すべきであつて、委任者が負担を約した弁護士費用全額が損害となるものではない。これを本件についてみれば、手数料謝金を合せて原告まつについては金一八〇、〇〇〇円、原告奥田については金二〇、〇〇〇円をもつて被告に賠償させるべき弁護士費用と認めるのが相当である。

四、以上の次第であるから、原告らの本訴請求は原告志村が被告に対し、本件事故によつて取得した前項(六)に判示の損害賠償債権合計金一、八五四、〇二〇円および右のうち弁護士費用の賠償額を除く金一、六七四、〇二〇円に対する損害発生の日の後である昭和三九年一月一日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分ならびに原告奥田が被告に対し本件事故によつて取得した前項(五)、(六)に判示の損害賠償債権合計金二二〇、〇〇〇円および右のうち(六)の弁護士費用の賠償額を除く金二〇〇、〇〇〇円に対する原告まつ同様の遅延損害金の支払を求める部分は正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとする。

第二、反訴に対する判断

一、反訴請求原因第一、第二項記載の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、ところで既に本訴に対する判断で示したとおり、反訴原告は反訴被告に対し自動車損害賠償保障法第三条に基く損害賠償責任を免れず、しかもその額は反訴被告が仮処分で取立てた金額を上廻るものであるから、反訴原告の反訴請求はその余の判断をするまでもなく失当としてこれを棄却すべきである。

第三、結論

以上の次第であるから本訴および反訴の訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条の各規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 丸尾武良 梶本俊明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例